大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(ネ)264号 判決 1989年1月24日

控訴人(被告) リヨービ株式会社 外一名

被控訴人(原告) 株式会社写研

原審 東京地方昭和五五年(ワ)第八四七四号(昭和六三年一月二二日判決、二〇巻一号一頁参照)

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

「原判決を取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決

二  被控訴人

主文同旨の判決

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加するほかは、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

一(控訴人ら)

1  原判決は、「被控訴人文字盤は、採字効率を高める合理的な文字の配列がなされていること等により、発売以来長期間にわたつて全国の多数の写真植字業者によつて利用され、好評を博してきている(原判決第二五丁裏第五行(編注、二〇巻一号一九頁一一行目)ないし第九行(同上、一九頁一三行目))」旨認定しているが、被控訴人文字盤が多くの写真植字業者によつて使用されるようになつたのは、右理由によるのではなく、被控訴人が旧型(SK型)写真植字機から強引に新型写真植字機への切替をはかり、新型写真植字機である「スピカ」「パポ」型写真植字機が多数の写真植字業者に利用されるようになつた結果として、右新型写真植字機用の文字盤である被控訴人文字盤もまた多くの写真植字業者に使用されるようになつたのであつて、被控訴人文字盤が採字効率が高いことにより好評を博したのではない。

2  原判決は、「モリサワの文字盤は枠がほぼ正方形である(原判決第二六丁表第四行(同上、一九頁一七行目)、第五行(同上一九頁一七行目))」旨認定しているが、モリサワの文字盤には、旧型(MC型)と新型(MD型)とがあり、昭和三八年四月頃から販売されている新型のMD型文字盤は枠が長方形である(乙第四六号証)。

3  原判決は、「乙第二九号証の一ないし三四(証明書)は、甲第一四号証(証明書)によれば、控訴人らの取引先の企業に依頼して、予め内容を印刷した用紙に記名捺印してもらつたものにすぎないから、直ちに信用し得ない(原判決第二七丁裏第一〇行(同上、二一頁一行目)ないし第二八丁表第一〇行(同上、二一頁七行目))」旨認定、判断しているが、右の事由によつて何故にその内容を信用し得ないとするのか不可解であるうえ、甲第一四号証の証明事項と乙第二九号証のそれとは相互に全く異なるものであり、前者を以つて後者を否認し得るという関係にはない。

4  原判決は、「被控訴人文字盤には形態的特徴があり、その特徴は被控訴人の商品であることを示す表示として、文字盤の取引者又は需要者に広く認識されており、控訴人文字盤は、被控訴人文字盤と同一の形態的特徴を有するものであるから、控訴人リヨービの控訴人文字盤を製造する行為は、被控訴人の商品たることを示す表示と同一の表示を控訴人の商品に付する行為であり、また、控訴人らが右控訴人文字盤を販売する行為は不正競争防止法第一条一項一号所定の「之ヲ使用シタル商品ヲ販売」する行為に当り(原判決第二八丁裏第二行(同上、二一頁九行目)ないし第二九丁表第七行(同上、二一頁一八行目))、控訴人らの右行為は、控訴人文字盤が被控訴人の商品であるとの混同を生じさせるおそれがある行為である(原判決第二九丁裏第八行(同上、二二頁七行目)ないし第三〇丁表第五行(同上、二二頁一一行目))」旨認定、判断している。

しかしながら、写真植字業界において、文字盤は決して「商品」そのものではなく、文字盤に搭載されている「A社製のある記号によつて表示されたX書体の文字」こそが商品なのであつて、文字盤の外形そのものには商品選択や需要吸引の要因となるものは何ら含まれていない。写真植字業者は文字盤を購入する場合、控訴人ら、被控訴人及びモリサワの三社が各発行した文字見本帳に従つて、各々ニーズに応じた自らの必要とする書体別文字を選択し、これを購入するのである。

そして、商品である書体別文字の発注に当つては、各書体別文字を表示するために各メーカーによつて付されている書体コードを特定して、同書体を販売しているメーカーあるいは同メーカーの販売代理店に対して購入の申込みをするのである。右書体コードは文字盤を特定する重要な記号であつて、文字盤の四隅には、社名、商標と共にこれが表示されており、写真植字業者は文字盤の四隅に表示されたこれらの記号によつて、何社製の、どの書体別文字(商品)かを見分け、右記号が文字盤の購入、収納保管、文字盤の取り出し等の基準になつているのであるから、写真植字業者が文字盤購入に当つて、右記号部分を見落とすなどということはあり得ない。

また、写真植字業者は、二社以上のメーカーの写真植字機を保有していることは極めて少なく、業者ごとに、控訴人ら、被控訴人あるいはモリサワの写真植字機と系列が色分けされており、例えば、控訴人らの写真植字機を保有する写真植字業者が被控訴人の書体別文字(文字盤)が欲しいと思つても、被控訴人は右書体別文字(文字盤)を右写真植字業者に販売することは絶対にしない。したがつて、右写真植字業者は、同書体別文字(文字盤)をどうしても欲しいと思えば、被控訴人と取引のある写真植字業者又は販売代理店などに購入依頼をし、同人らの名前で取得したものを譲つてもらう以外には、絶対に入手できないのである。このように書体別文字(文字盤)は独特の閉鎖的販売経路によつて業界内に流通させられているから、書体別文字をのせた文字盤の枠の巾、形、色及び文字配列などによつて、文字盤の取引者又は需要者が商品(書体別文字)の出所につき誤認混同を生ずるなどということは全くない。

二(被控訴人)

1  控訴人らは、被控訴人文字盤が多数の写真植字業者に使用されたのは、右文字盤が新型写真植字機用のものだつたからで、合理的な文字配列がなされていることによるものではない旨主張するが、新しい写真植字機を発売すれば、写真植字業者はそれに従つて自動的に新しい文字盤を使用するというほど営業は単純ではないのであり、被控訴人文字盤が写真植字業者に好評を博したのは右文字盤が採字効率を高める合理的な文字配列を備えていたことによるものである。

2  控訴人らは、モリサワのMD型文字盤は長方形であるから、モリサワの文字盤を正方形であると認定したのは事実誤認である旨主張する。しかしながら、右MD型文字盤はモリサワMC型文字盤において桟で仕切られた一二の構成単位を横長に並べ替えただけのものであり、右MD型文字盤との比較においても、被控訴人文字盤が他社製品と識別し得る形態的特徴を有することは明らかである。

3  控訴人らは、乙第二九号証の証拠価値に関する原判決の判断を争うが、甲第一四号証の証明事項は乙第二九号証の三〇による証明事項を明確に否認しているものであり、右甲第一四号証を根拠として乙第二九号証の証拠価値を判断した原判決に判断の誤りはない。

4  控訴人らは、文字盤そのものは商品ではなく、書体別文字自体が商品である旨主張する。

確かに、文字盤上の書体別の文字は写真植字業者にとつて重要ではあるが、書体は商品である文字盤の一つの要素にすぎない。写真植字業者は、各書体の文字が所定の順序で配列され、所定の形状を有する文字盤そのものを購入し、当該文字盤を使用して印字作業を行うのであり、書体だけで文字盤を選択しているわけではない。また、写真植字業者の中には被控訴人の製品に対する信頼感に基づいて被控訴人文字盤を選択するものが多く存在し、この場合、まさに被控訴人製品であることが基本的な購入動機となるのである。

また、控訴人らは、文字見本帳により各書体別文字を表示するために付された記号(書体コード)を特定して発注する形態をとつていること、右記号は、文字盤の四隅に社名、商標と共に付されており、写真植字業者がその存在に気が付かないことはないことから、誤認混同を生ずる余地はない旨主張する。

しかしながら、写真植字業者の中には、見本の印刷物を持参し、それと同じ書体の文字盤が欲しいといつて注文するものも多く、あるいは、「細明朝」等というような方法で注文する場合もあり、必ずしも文字見本帳の記号によつて注文するとは限らない。また、文字盤の四隅の記号等についても、写真植字業者であれば必ず識別できるというものでもない。

さらに、控訴人らは、文字盤販売経路の閉鎖性を主張するが、被控訴人は、被控訴人文字盤を被控訴人の写真植字機を有する写真植字業者に限定して販売しているものではなく、他社の写真植字機を使用している写真植字業者にも販売している。そして、控訴人らの販売代理店は被控訴人文字盤をも販売しており、また代理店のなかには、控訴人らと被控訴人の両方の販売代理店を兼ねる店も少なからず存在する。

第三証拠<省略>

理由

第一  当裁判所も、被控訴人の、不正競争防止法第一条第一項第一号の規定に基づく本訴請求はこれを認容すべきものと判断するが、その理由は、左のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決第二五丁裏第一〇行目(編注、二〇巻一号一九頁一四行目)「原告文字盤の・・・」より同第二六丁裏第八行目(同上、二〇頁六行目)「・・・認められる。」までを「被控訴人文字盤の写真であることについて争いのない甲第一号証、モリサワのMD型文字盤の写真であることについて争いのない甲第二五号証中のA、被控訴人文字盤、モリサワのMC型文字盤、MD型文字盤及び控訴人らの旧文字盤の比較写真であることについて争いのない甲第二五号証中のB、並びに原審証人布施茂の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一五号証によれば、モリサワのMD型文字盤の枠は横長の長方形、モリサワのMC型文字盤と控訴人らの旧文字盤は、その枠がほぼ正方形であるところ、その枠の内側はいずれも桟により一二区画又は四区画に区分けされているのに対し、被控訴人文字盤は、その枠がモリサワのMD型文字盤と較べても縦横の長さの比を異にする長方形であり、また、縦枠の中央部に全体の約二分の一位の長さの凹部が存在しており、更に枠の内側には桟による区分けが存在していないこと、平仮名、片仮名、英字、数字、記号等(以下、「平仮名等」という。)が、モリサワのMC型文字盤は中央列の下から二番目の区画に、同MD型文字盤は右より二列目の下から二番目の区画に、控訴人らの旧文字盤は上部中央にそれぞれ配置され、その周囲に漢字が配列されているのに対し、被控訴人文字盤では、文字盤の下部中央部に凸形状に配置され、その周囲に漢字が配列されていることが認められ、右認定の事実によると、被控訴人文字盤は、モリサワの前記各文字盤及び控訴人らの旧文字盤と比べて、明確に識別することができる右認定のような形態的特徴を有していることが認められる。」と改める。

原判決第二六丁裏九行目(同上、一九頁一八行目)に「長方形」とあるのを、「モリサワのMD型文字盤とも縦横の長さの比を異にする長方形」と改める。

二  控訴人らは、被控訴人文字盤が多数の写真植字業者によつて使用されるようになつたのは被控訴人文字盤が採字効率が高いことによるものではない旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし六、第一一号証、第一二号証の一ないし九、原審証人布施茂の証言によれば、写真植字業者にとつて、採字効率の善し悪しは文字盤選択の重要な要因であるところ、被控訴人は、被控訴人文字盤の製作に当つては、採字効率を高めるため、文字の使用頻度を調査し、人間工学的観点を踏まえた、他社にない合理的な文字の配列をしたものであり、このことが被控訴人文字盤が全国多数の写真植字業者に利用され、好評を得てきたことの一因となつたとの事実が認められるのであつて、控訴人らの右主張は当らない。

三  控訴人らは、乙第二九号証が控訴人らの取引先の企業に依頼して、予め内容を印刷した用紙に記名捺印してもらつたものにすぎないからといつて何故その内容が信用し得ないのか不可解であるうえ、甲第一四号証の証明事項と乙第二九号証のそれとは相互に全く異なるものである旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第一四号証によれば、乙第二九号証の三〇は、控訴人らの求めに応じて、作成者が予め内容を印刷された用紙に記名捺印したもので、その内容には誤りがあつたことの事実が認められる。右事実からすれば、他の乙第二九号証の証明書も乙第二九号証の三〇と同様の経緯の下に、作成者がその内容を十分検討することなく記名押印した可能性があるものと推認され、したがつて、このような乙第二九号証の記載から直ちに控訴人らの主張事実を認定することはできないのであつて、控訴人らの右主張は理由がない。

四  控訴人らは、写真植字業界において、文字盤そのものは商品ではなく、各書体の文字こそが商品なのであつて、文字盤の外形そのものには商品選択や需要吸引の要因となるものは何ら含まれていない旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、写真植字業界においては、書体別の文字が一字一字バラバラの状態で販売されるのではなく、特定の書体の文字が特定の枠体に特定の配列方法にしたがつて配列されたものの全体が一個の文字盤として取り引きの目的とされていることが認められるから、この文字盤そのものが商品であることは明らかである。そして、前記二で認定したとおり、採字効率を高めた文字配列のなされている文字盤は、そのことによつて写真植字業者に好評を博する一因となつているのであり、また、成立に争いのない甲第一九号証、原審証人布施茂、同吉田俊一の各証言によれば、文字盤は、特定の写真植字機に適合する形状と文字の配列がなされたものでなければ、当該写真植字機を使用して印字作業を行うことができないものであることが認められ、右認定事実からすると、写真植字業者は、採字効率の点も勘案し、特定の写真植字機に搭載可能な形状と文字配列のある文字盤の中から、書体が所定の形状を有する文字盤を選択購入するのであつて、書体だけで文字盤を選択しているものではなく、文字盤の外形も需要吸引の要因となつているのであるから、控訴人らの主張は理由がない。

五  控訴人らは、控訴人文字盤が被控訴人の商品であるとの混同を生じるおそれはないとして、(1)文字盤の注文、購入は各メーカーによつて付された書体コードによつてなされること、(2)文字盤の四隅には、社名、商標及び書体コードが記載されており、写真植字業者はこの点に留意をして文字盤を使用していること、(3)控訴人ら系列の代理店は、通常の取引形態においては、被控訴人文字盤を入手することは全く不可能であるという、独特の閉鎖的販売経路によつて文字盤は業界に流通していることを挙げ、これらの点についての原審の判断には事実の誤認がある旨主張するので検討するに、

1  成立に争いのない乙第三一号証の一ないし五、第三二号証の一、二、第六八号証の一ないし三によれば、各メーカーは、写真植字業者が文字盤を注文する際は、各社特有の書体コードで当該文字盤を指定して注文するように要請していることが認められるが、原審証人布施茂の証言によれば、顧客のなかには、明朝体、ゴシツク体のような一般的な書体については、各社の書体の差異に留意することなく、単に「細明朝」、「中明朝」等というような表現で注文する場合があることが認められ、右事実によれば、写真植字業者は文字盤の購入に当り、必ずしも文字見本帳を見て、そこに記載されている書体コードにより注文し、購入しているとは限らないものと認められる。

2  控訴人らは、写真植字業者は、文字盤の四隅に記載された社名、商標及び書体コードによつて商品を見分け、管理しているのであつて、これを見落とすことはない旨主張するが、原判決第三〇丁裏第一〇行(同上、二三頁一行目)から第三一丁表第七行(同上、二三頁六行目)までの原判示認定事実に、控訴人文字盤は、被控訴人文字盤と同一の形態的特徴を有するものであることを併せ考えると、写真植字業者が文字盤の購入に際して、文字盤の四隅に記載された社名等の文字について細心の注意を払うことなく、控訴人文字盤を被控訴人文字盤と即断して購入するものが出現するおそれは十分にあるものと認められる。

3  控訴人らは、文字盤は独特の閉鎖的販売経路によつて業界に流通しているため、被控訴人文字盤と控訴人文字盤との混同は起こりようもない旨主張する。なるほど、成立に争いのない乙第六七号証の二、原審証人布施茂、同吉田俊一の各証言によれば、文字盤の流通方法は、メーカーの直接販売の場合はもちろん、代理店販売の場合も、被控訴人の代理店と控訴人らの代理店とは、通常別系列であり、被控訴人は、従来、被控訴人製造の写真植字機を保有していないものには、被控訴人文字盤を販売しないようしてきたことの事実が認められる。しかしながら、原審証人布施茂、同吉田俊一の各証言によれば、控訴人ら系列の代理店においては、被控訴人文字盤又はモリサワの文字盤を使用し得る写真植字機を販売し、それに伴つて被控訴人文字盤又はモリサワの文字盤をも控訴人文字盤とともに販売しており、顧客のなかには、被控訴人文字盤を購入したつもりで控訴人文字盤を取得していたという事態が起きているとの事実が認められるので、右認定事実によれば、被控訴人文字盤と控訴人文字盤との誤認混同のおそれは十分にあるといわざるをえない。

以上によれば、控訴人らの前記各主張事実をもつて、両文字盤の混同のおそれを否定することはできない。

第二  そうすると、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井俊彦 竹田稔 岩田嘉彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例